音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Sheet Music. その4

2015.12.06







(前回から続く)まだ初々しさが抜けていなかったダリル・ホール&ジョン・オーツの初来日ツアーに、取材で同行して、予想もしなかった万年筆談義をジョンと交わした事は4分の1世紀経った現在でも忘れられない。

思いがけない人と思いがけない会話をすると思いがけない事を思い出す、という知らなかった公式めいたものがあるのかもしれない。



 ホール&オーツのバンドが京都の会場で午後の早くから念入りにリハーサルをするところも見せてもらったが、新入りのギタリストが少し冗長で色気の無いソロを弾いていたりすると、二人のどちらかがストップをかけ、「例えば、あの曲のあのソロみたいに、もう少しシンプルに」とか「あの曲のイントロみたいにウキウキするような感じで。色でいうとオレンジ色のトーンで」といった説明をして、ダリルはエレクトリック・ピアノで、ジョンはギターで、ちょっとだけオールディーズの曲の一部を弾いてみせたりする。

解るような解らないような説明に聞こえるが、例えば二人の代表作「Sara Smile(微笑んでよ、サラ)」の中間部のソロの説明の時に、モータウン・ソウルの名曲「My Girl/ テンプテーションズ」の有名なギター・リフをちょっと弾いてみせたりすると、二人が求めているサウンドやトーンが、新入りのプレイヤーにすぐに伝わったりするものなのだ。

なるほど、バンドのコミュニケーションとはこういうものか、と半ば感心し半ば呆れて見ている内に、二人のヒット曲「Rich Girl(リッチ・ガール)」のライヴ用アレンジが煮つまってしまってなかなかきまらない事態が生じた。

すると、突然ジョンが、聴き覚えのある曲の短いイントロを弾き歌い始めたのである。

ダリルや他のメンバーは、一瞬呆然としていたが、すぐに笑いながらその曲を合奏し始める・・・しばらく聴いて、僕は、その曲が、ボックス・トップス(Box Tops)の「The Letter(あの娘のレター)」だと気づいたが、なぜ、こんな古い曲のカヴァーを?と不思議に思っている内に、その「あの娘のレター」が、いつの間にか、自分達のオリジナル曲の「リッチ・ガール」に転じ、先程とは比べものにならない乗りのいいライヴ・アレンジでまとまっている・・・

これには驚くと同時に、大衆音楽というものは流行りものでその場限りという通説とは違い、どこかで太くつながっているんだな、と改めて思った。