音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Sheet Music. その4 [2/2]

 ボックス・トップスは、1960年代半ばに、アメリカのテネシー州メンフィスから現れた白人のビート・グループ。

'67年に「あの娘のレター」を大ヒットさせて世界中に知られたが、今では、あまり覚えている人もいない。

メンフィスといえば、チャック・ベリーの「メンフィス・テネシー」というR&B/ロックンロールの名曲がそのままずばり語っているが、古くからのR&Bの名都だ。

メンフィス・ソウルという呼び名がある程で、オーティス・レディング、ウィルソン・ピケット等黒人の名シンガーやアーティストも沢山輩出している街。

ボックス・トップスは白人メンバーばかりだったが、黒人以上にソウルフルな歌声や乗りを持っていて、僕は、1967年、と聞くとボックス・トップスを一番に思い出す程、「あの娘のレター」が好きだった。

ちょうど高校を卒業したばかりで、東京に出てきて2,3ヶ月、これからどうしようかと迷いながら結局受験浪人としてすごしていた時に、あの曲をよく聴いていたからだろう。

東京に出てきて、やっと感度良くラジオを聴けるようになったのが嬉しく、特に好きだったTBSの『ホリデイ・イン・ポップス』という番組に初めてリクエスト葉書を書いた時もその曲を選んだ。

八木誠、若山弦蔵とともにMCをしていたバイリンMCのはしりニッキー・山室(やまむろ)が、その葉書を読んでくれた。

「随分デカい字ですねぇー」と言うニッキーの声とともに、あの最初の太書きPilotのペンが今も頭に浮かぶ。(次回へ続く)