音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その32

2018.09.30

 (前回から続く)

「B.B.なら紹介してあげるけど…」と、ホテルのフロントの男は、僕を見て、気の毒そうに言った。
「えっ、何?B.B.(ビービー)?」

 1990年代のはじめのロンドン。何度か取材で訪れ、何度も宿泊した事のあるホテル。

急に決まった取材の話で、慌てて旅立った道中、パスポートを忘れそうになったぐらいだから、ホテルの予約の確認もちゃんとしなかったようだ。

現在のように、携帯電話もメールも無い。チェック・インもしてない客に、受付の電話を貸してくれる訳もない。

公衆電話で国際電話をかけ、東京の旅行社に確める事も考えたが、かけてる最中にまた間違えそうだ。

 途方に暮れながら、それでも呑気に、B.B.ってなんだ?と足りない脳ミソを働かせ、まさかブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)を紹介してくれるってんじゃないだろうな…そっちの取材の方がいいな…それともB&B(島田洋七・洋八の漫才コンビ)が番組ロケでロンドンに来ているのかな?それならTVクリューに一部屋貸してもらおうか…など、なんでこんな時にそんな馬鹿な事を考えるか、といった事で頭が動く。

 僕の困惑を観て、フロントマンは言った。「ベッド・アンド・ブレイクファスト」

 ん?Bed&Breakfast? 旅行案内の何処かに出てたぞ。学生やPoorな若者が、簡単なベッドと明くる朝の朝食だけのサービスの小部屋ホテルをよく利用して、バックパックでイギリスを回る旅行をする、というアレだ。

好奇心だけは人一倍の僕は、即座にその紹介を頼み、ロンドン郊外のB.B.に向かい、結局そこに三泊した。

一般のホテルみたいに立派なバスルームがある訳じゃないが、小さいが、使い勝手のいいシャワールームもあり、朝食も素朴でなかなかのものだった。

 さて、それから20年余後。所は新宿歌舞伎町の東宝シネマビル屋上。もうすぐ初夏なのに真冬のように寒い雨の夜。

いつものように、ゴジラに挨拶していこうとエレベーターに乗ると、同乗した若い女性3人組がこんな会話。

「ねぇ、終電近いと電車混むし、明日も、新宿でバイト早いし、B.B.に泊まろうか?」

 おいおい、いくらなんでも若い女が、花園神社近くのドヤ(簡易宿)のベッドとブレイクファストで夜を過ごすなんて…と昭和のおじさんは聞き耳をたてると、どうも様子が違う。