音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その23

2017.07.21

 (前回から続く)

 1986年の春4月、僕はロンドンに居た。

それまで、シャーデー(SADE)のデビューの時のインタビューを始め、いくつかのバンドやプロデューサーのインタビュー等で訪ねた街だが、いつも秋から冬にかけての時期で、当然寒い。

しかし、寒い方がこの街らしいと思っていて、春先の少しポカポカ陽気のロンドンなんて、あまり気分が乗らないな、と早合点していたら…4月のロンドンはまだ寒く、コートを離せない。

ヒースロー空港に着いた途端、吹く風が冷たく、やっぱりロンドンはこうでなきゃ、と思ったというつまらない記憶がある。

     だが緊張すると暑い冬だ。

 ジュリアン・テンプル監督が、ミュージカル仕立てで描いた映画『ビギナーズ/Absolute Beginners』は、しかし、1958年のロンドンの夏を舞台にしている。

その公開記念のレセプションに出席するのと、映画のお披露目試写会に出るのが取材の目的だった。

 監督のジュリアンにインタビューするなんて事はどうって事はなかったが、キンクスのリーダー、レイ・デイヴィスが、主人公コリンの父親、それも、第二次世界大戦で様々な夢を壊され、失意のまま戦後をすごしている傷ついた父親の役で出演している事を知っていたから、少し興奮し、少し緊張していた。

更に、このFame連載の中でも触れた事があるが、デヴィッド・ボウイが、主題曲「ビギナーズ」を作曲し歌っているだけでなく、冷徹な資本家の役で出演しているのも知っていたから、緊張指数は増していたのである。

 それに加えて、一緒に行く取材者が、大先輩の鈴木道子先生で、先生とともに、なんと英国皇室のアン王女も出席なさるという試写会に行くというのも緊張の大因。

映画会社の人から「当日だけは、せめてジャケットだけは着て下さい」と厳重に言われ、子供の七五三のような格好になってホテルのロビーに降りたら、きちんとドレスを御召しになった鈴木先生が笑って見ていた顔を忘れられない。

さすがに、お父上が昭和天皇の執事を務められていた家のお嬢様、場数と場慣れが違う…大学一年の18歳半ばの時、『勝抜きエレキ合戦』というテレビのアマチュア・バンド・コンテスト番組があって、その予選に出た時の審査員だもの、七五三の小僧のままの僕とは違う…そういえば、あの予選を見事に通過した故郷の同級生、和田ヨウジはどうしてるかなぁ、柿谷は僕と同じく予選で落っこったんだけど…なんて追憶にふけっている内に、試写の映画は終わってしまった。