音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その15

2016.12.04

 (前回から続く)

ダッフル・コートに身を包んで、まだ東西の壁が崩れていないベルリンの空を見つめているかのようなアルバム『ロウ(Low))』のジャケット・コンセプトとデザイン…それが意味するものはいまだに解らないが、僕にとっては“名盤”である事は確かだ。

しかし、一般的に、少なくとも音楽ジャーナリズムの世界で、『ロウ』が名作とか名盤と呼ばれた記憶は無く、問題作とか変身作といった表現が多かったように思う。

 確かに、沈んでダークなトーンのシンセサイザーの音や、歪んで暴力的ギター音等を多用したパンク・ロック的なサウンドに乗って演奏される「スピード・オブ・ライフ」で始まる音世界は、あのファンキーで、ディスコ・ヒットまで生んだアルバム『ヤング・アメリカンズ』等とは全く異なり、このオープニングのインストゥルメンタル曲を聴くと、いまだに、ボウイがヒトラーを主人公にした映画を作り、そのサウンドトラックがこれなのか、と一瞬思った'77年のある日を思い出す。

          

 そんな突飛な事を…お前は馬鹿だな、と言われそうだが、その巻頭曲「スピード・オブ・ライフ」を始め、当時のアナログLP盤では、B面の巻頭を飾っていた「ワルシャワの幻想(Warszawa)」という大曲を始め「アートの時代(Art Decade)」、「嘆きの壁(Weeping Wall)」、そして巻末曲「サブタレニアンズ(Subterraneans)」まで、ほとんどボウイのヴォーカルが登場しないインストゥルメンタル曲が並び、ボウイのアルバムと知らないでお店か何かで流れていたら、ヨーロッパの新しい記録映画のサウンドトラックと思いこんでしまっただろう。

小学校6年生頃に2度観た映画『我が闘争』は、アドルフ・ヒトラーが総統に登りつめ、ナチスを率いてどんどん暴走していく様子を、全て実写の映像を編集して構成した凄い映画だったが、もしボウイのこの『ロウ』が1960年当時存在したら、サウンドトラックとして使われていたかもしれない…ひょっとしたら、映画公開当時、中学生ぐらいのボウイも、あの記録映画のような創作編集映画を観て、その鮮烈な記憶から『ロウ』を発想したのではないかとさえ思う。