音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その14 [2/2]

 前回で紹介した亡きイラストレイター/アートディレクターの渋谷則夫くんと、音楽月刊誌『ザ・ミュージック』の編集部で、届けられた『ロウ』のジャケット見本を手にして見た瞬間、ふたりとも言葉を失った。

映画『地球に落ちて来た男』の試写をふたりで観に行って以来、すっかりボウイのファンになっていた渋谷くんだが、元々は、とてもアメリカ的なアイビー・ルックのファッションの達人で、音楽もアメリカ南部の黒人R&Bやブルース、サザン・ロック等のファン…だが、『地球に落ちて来た男』を観て以来、例外的にボウイへの興味を深め、大ファンに変わっていた。

それにしても、ボウイから最も遠いファッション・アイテムであると普通なら考えてしまうダッフル・コートは、とてもショックで、ふたりとも言葉を失ない、しばらく沈黙していた。

 やがて、半ばあわてたように渋谷くんが口を開いた。「ダッフルは、本来、前のうち合わせが一重(ひとえ)で、トルグで閉めるだけ。ボウイが着ているのは、中にもうひとつ織りこみがあって、多分それはファスナーで閉めるんだ。その上にある衿を全部閉めてるね。これは、ダッフルとしては邪道だけど、寒いドイツやフランスの北部には、このデザインも多いんだ」と言って、また沈黙した。

 さすがに、アイビー・ファッションの愛好家で、アイビーの聖書だった雑誌『メンズ・クラブ』でイラストを描いている奴だなあ、と驚いたが、そのあくる日に、また編集部で会ったら、なんと中織り込みファスナー附きのダッフルを着ていて、照れたようにニヤリと笑っていた。

渋谷クンの姿で思い出す一番手は、その時の照れ笑いと衿を立てられる中織り附きのダッフルである。

 イギリス人のボウイなら、伝統的なダッフル・コートを着ていても不思議ではないが、この頃、ボウイは、まだ東西対立中のドイツのベルリンに住んでいた。

共産主義と資本主義を分ける“ベルリンの壁”を、ドイツ風ダッフル・コートをまとって、じっと壁を見つめているようなジャケット写真…これは、あの映画『地球に落ちて来た男』の中のいちシーンを使っている。だが、やはり、映画のいちシーンをジャケットに使ったアルバム『ステイション・トゥ・ステイション』とは随分違うサウンドを提示してるものだった。(以下次回へ続く)