音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その11

2016.09.22

 (前回から続く)

 トゥーツ・シールマンス(Toots Thielemans)は、1922年4月の生まれで、2016年8月に亡くなった時は94歳の高齢だった。

スウィング・ジャズの巨匠ベニー・グッドマンが、第二次世界大戦が終わった直後のヨーロッパ各国を回り、大戦に疲れた人達を癒そうと演奏旅行をしている最中に、ベルギーのブリュッセルの街中で発見した人材だと言われている。

ギターを弾きながら、首にかけたハーモニカと口笛を奏じ、ひとりで立体的な演奏をするスタイルは、大道芸人では珍しくなかったが、まだ若者だったシールマンスの演奏はどこか新しく、選曲も多彩で個性的だった…とベニー・グッドマンの伝記に記されている。

 トゥーツの名演客演は多数あるが、僕が一番好きなのは、クインシー・ジョーンズの大ヒットしたリーダー・アルバム『Ai No Corrida(愛のコリーダ)』の中に入っている「ヴェラス/Velas」という曲で、夕暮れ時に聴くと、幼ない頃に、遊びまくっていて、はやく家に帰らないとまた親に怒られる、と思いながらも、ふと沈む夕陽を見て急ぎ足を止めてしまった時の記憶など、様々な風景が浮かんでくる。

ブラジルの名シンガー&コンポーザー、イヴァン・リンスの作った曲だが、よくぞこんな曲を見つけてきたと、トゥーツのほとんど独演の「ヴェラス」を、クインシーの武道館公演の最中に聴きながら思っていた。