音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

熱いのは夏のせい2 … (ビギナーズ : Absolute Beginners)

2011.09.01

前回から続く

 映画『ビギナーズ』は、残念ながら、日本では不発に終わった。

監督ジュリアン・テンプルの才気走った映像感覚やテンポの速さ、大胆な編集術などが少し上すべりして、日本のマスコミ関係者に不評で、あまり広報されなかったのが大きな原因だろう。

ただ、当時2枚組のアナログLPで発売されたサウンドトラック盤の方は、まずまずの人気で、8年後の1994年にCD化
(やはり2枚組)されてもいる。

普通なら、映画の不発とともに忘れられてしまうところだ。

 確かに音楽が素晴らしい。

一般的には、デヴィッド・ボウイが歌うタイトル曲「ビギナーズ/Absolute Beginners」や、映画公開当時のイギリスのジャズ&ソウル・ブームの先頭を走っていたシャーデーの「キラー・ブロウ/Killer Blow」、

80年代ニュー・モッズのシンボルであるポール・ウェラー率いるザ・スタイル・カウンシルの「エヴァー・ハッド・イット・ブルー/Have You Ever Had It Blue?」、アイドル・グループと言っていいエイス・ワンダーのパッツィ・ケンジットの「ハヴィング・イット・オール/Having It All」など、80年代半ばのロンドンのトップ・オブ・ポップの如き人気アーティストの曲が豊富に収録されていて、当時のロンドンの香りを喫うにはなかなかの作品と受け取られているのだろう。

 だが、主役は「ヴァ・ヴァ・ヴーム/Va Va Voom」「クール・ナポリ/Cool Napoli」、タイトル曲「ビギナーズ」のジャズ版である(スライト・リフレイン)などを指揮演奏しているギル・エヴァンスだ。

映画の準備が始まった'84年当時、既に72歳のエヴァンスだが、1958年のロンドンの下町で、どんなジャズ・サウンドが若者をスウィングさせていたか、それを知り尽くした演奏や編曲を見事に披露している。