存在の耐えられない重さ6 :Superheavy (デイヴ・スチュワート 中編) [2/3]
実際、たった一度だが、彼にインタビューした時、「最初に決定的なショックを受けたのは、13歳の時に観た故ジミ・ヘンドリックスのエクスペリアンスのライヴだった」、と話していて、相手が、僕のように少しは'60年代末のニュー・ロック時代の事が解る人間だと知るやいなや、どんどんそちらの話に熱心になる姿に、少し驚かされた。
T-レックスのマーク・ボランともマークの楽屋でセッションをしたり、果ては、15歳の時、地元サンダーランドに公演に来たバンドのローディー(楽器の世話をするアシスタント)として家出同然にツアーについて行ってしまったりと、その早熟ロック・マニア少年としてのエピソードには事欠かない。
彼の世代なら、そんな男は沢山いると思われそうだが、日本以上に保守的な社会体制が整っていた'60年代のイギリスの、特に地方都市では、彼のような少年の例はほとんど無い。
その多感にしてユニークな少年時代の体験で得た感覚と知識が、後の音楽活動の中で、姿を変え形を変えて表面化してくる所が凄いが、現在、少なくともロック/ポップスの分野でトップ・プロデューサーであるデイヴほどの人間が他に見当たらないのはどうしてだろう、とよく思う。
結局、規律や枠からはずれて、あるいは、はずれ落ちて、ロックの世界に耽溺するなんて無謀な行動をとる人は、ヨーロッパやアメリカでも数少なく、また、そんな行動を許さない家族や教育機関の、意外なほどに強い抑圧やコントロールの力が大きいのは、国を問わず、共通しているのかもしれない。