音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

ひまわりのジャズ (ステイシー・ケント)

2010.08.01

 ステイシー・ケントは不思議な女性歌手である。

1997年に、イギリスのジャズ・レーベル CANDID(キャンディド)からデビューした時は、ちょっと鼻にかかった英語の発音や透明感ある声質から、イギリスで活動しているフランス人ジャズ歌手かと思ったのだが、調べてみると、アメリカのニュージャージー州サウスオレンジの出身。

ニューヨークの大学を出た後、ロンドンのギルドホール音楽院へ留学し、サックス奏者のジム・トムリンソンと結婚して、そのままロンドンのジャズ・クラブで音楽活動を始めていた人だった。

 僕にとっては縁ある人で、ロンドンに在住していた大学の先輩が、夫のジム・トムリンソンと友人であり、ジムやステイシーのレコードが日本では未発表だった事から相談を受け、日本のレコード各社に売り込みにまわったものの反応無し、それなら自分でリリースしてしまえばいい、とステイシー・ケントの『Let Yourself Go ~ フレッド・アステアに捧ぐ』(1999年)を自主リリースするという珍しい体験をした。

 僕が惹かれたのは、ステイシーの声質や、クールでインテリジェンス豊富なジャズ感覚、そして、夫君ジムのジャズの枠ににとらわれないアイデア豊かなシティ・ミュージック的なセンスだったが、もっと重要なのは、アメリカ人だとか、ロンドンで活動しているとか、なぜかフランス語が上手いとか、とにかく国籍不明人種不明の香りが、音楽の至る所に顔を出すところだった。

ある意味で、エトランゼ(異邦人、放浪者、旅行者)の雰囲気がジャズのスタンダード・ナンバーを歌っていても、常に漂っているあたりが、一番の魅力だったといっていい。