音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Sheet Music. その7 [2/3]







僕が初めて写譜ペンを見たのは、高校一年生の16歳になる直前の秋。

家にこもって、ビートルズやアニマルズやローリング・ストーンズ等、ロックンロールのうるさいレコードや、ヒット・パレード番組を流すラジオを、大音響で鳴らしてばかりいる僕にうんざりした母親が、「そんなに音楽が好きなら、楽器でも習いなさい!」と怒鳴り、同級生の父親で、ヴァイオリン奏者兼教師で、楽器店の主(あるじ)でもある宇川先生の所に引きずるように連れていった・・・ちょっと待ってよ。宇川先生はヴァイオリンの先生で、ヴァイオリンを習う生徒や弟子は多いけど、僕みたいなロック・ファンが出入りしただけで怒りそう・・・と思ったが、母親は、楽器店のウインドウにクラシック・ギターも陳列してあったから大丈夫、頼んでみる、と怒りの延長の一言。

「大丈夫ですよ。ギターも教えます」と、息子の同級生という事もあって快諾してくれた先生は、手頃なクラシック用のギターと教則本を選んでくれた。

町にもうひとつある楽器店の太田垣さんは、ウインドウに、まだ珍しいエレクトリック・ギターを並べていて、レコード店でもあったので、僕がストーンズの新しいシングル盤を買いに行ったりする度に「どう?この電気ギター、弾いてみたいでしょう」と勧めていた。

確かに、「ベンチャーズ(Ventures)も使っている」と値段札の隅にキャッチが書いてあるその電気ギターの方が魅力的だったが、親元でスネカジリの身が親に逆らう訳にはいかない。

せっかく母親が提示してくれた妥協案である。僕はクラシック・ギターの何たるかも知らないまま、楽譜の音符の位置が、ギターのフレットのどこを押さえるかで始まり、最後のページが、トレモロ奏法を駆使した名曲「アルハンブラの思い出」の譜面となっている教則本を恐る恐る開く事になった。