音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Sheet Music. その7 [3/3]

 宇川先生は、全くギターにさわる事無く、オーケストラの指揮に使うタクト棒で教則本の音符を示したり、やはりタクト棒でリズムを打ち示したり、時たまヴァイオリンを、弓を使わず指でつま弾いて見本の演奏を教えたり、それでも僕がうまくのみこめないでいると、怒り半分で、シャツの胸ポケットにいる万年筆を取り出し、教則本のその箇所に注意書を記し、「来週まで、毎日、ここを30回づつ練習!」と怒鳴るのだ。

その万年筆は、とても書きやすそうだったが、見た事も無い程太い字で、それが一層迫力を感じさせ、先生の存在感やいらつきの度合の高さを、確実に証明していた。

それから10年以上経って、FM誌のインタビュアーとしてパット・メセニー(Pat Metheny)に会った時、アコースティック・ギターのチューニングを入念にやった後、僕が3年経ってもうまく演奏できなく、そのままになった名曲にして難曲「アルハンブラの思い出」を、チューニングの仕上げとして、いとも簡単に演奏している...

やはりプロとして一頭抜きん出る人は違う、と、やや見当はずれながら実感としては深い印象を持ったのはその時だった。(次回へ続く)