音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Sheet Music. その5 [2/2]

 さて、このボックス・トップスの「あの娘のレター」という曲には、数年後の1970年に、違った形で再会する。

ジョー・コッカー(Joe Cocker)というイギリス出身のソロ・シンガーが、アメリカ全土を巡るコンサート・ツアーを貫行し、ほとんど無名の存在からオーバーグラウンドに浮上するきっかけとなった『Mad Dogs & English Men』という作品。

タイトルのマッド・ドッグスというのは、レオン・ラッセル(キーボード/ギター)やジム・ゴードン(ドラムス)といったアメリカ南部のミュージシャン達。

イングリッシュ・メンの方は、カール・レイドル(ベース)やクリス・スティントン(キーボード)などジョー・コッカーとつき合いの深い英国バンド。

後に有名になる隠れたる腕利きミュージシャンばかりで、よくぞ集めたものだと思うが、当時はニュー・ロック/アート・ロック台頭のロック革命期で、レッド・ツエッペリンやディープ・パープルなど、プログレッシヴなバンドが光を浴びていた真最中だったので、ソロのロック・シンガーのジョー・コッカーを売り出すには一工夫も二工夫も必要だったのだろう。

英米混合のメンバーでバックを固め、ジョーの迫力あるがクセの強い黒人っぽい歌声をひきたて、ニュー・ロックの連中とはちょっと違う味をアピールする・・・ツアーをドキュメンタリー映画としても記録し、ライヴ2枚組アルバムも同時に発表する・・・これが見事に当たった。

 日本では、少し遅れて'71年に公開された映画を、渋谷の小さな映画館で観た。

ジョーの歌の凄さに感心したが、なんと全く異なるアレンジで演奏する「あの娘のレター」のシーンは心地よい驚きだった。

この曲のアレンジのメモを書くレオン・ラッセルの万年筆の走りも忘れられない。

簡単明快なポップス・ロックが、ダイナミックなビッグ・バンド・ロックに変身していく時だった。(次回へ続く)