音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

ゴールデン・リングの中のネナ ② :Neneh Cherry (ネナ・チェリー) [2/3]

 ネナの最初の夫は、ニュー・ウェイヴ・ロックの中の最も破壊的な思想とサウンドを持つザ・ポップ・グループの中核ブルース・スミス。

彼と離婚した後、優れたプロデュース・チームでもあったモーガン&マクヴィのキャメロン・マクヴィと'84年に再婚。

いずれの夫も、英国ロックやクラブ系R&Bの世界の鬼才と言われる人物だった。

なにしろ、父親ドン・チェリーから二人の夫、舎弟分達のグループ、マッシヴ・アタックの面々に至るまで、ネナのこれまでの人生で関わった男性達は、型にはまらないNo Waveな鬼才ばかり…

さぞやネナ自身もエキセントリックな女性で、時代的にも、マドンナに代表される新しいウーマン・リヴの主張が台頭した時代だったから、そういうハード・コアな自己主張が身上の女性であろうと想像していた。

 「バッファロー・スタンス」がヒット中の'88年の全英ツアーを記録したライヴ・ビデオでは、全篇、臨月で出産間近の大きなお腹でパフォーマンスする姿に度肝を抜かれ、セカンド・アルバム『ホームブルー』のジャケットには乳母車が登場していて、既に4人の子持ち、しかし、夫とは同居していない事を電話インタビューで告げられた。

そういえば、ソロ・デビューの頃、マービン・ゲイの「インナーシティ・ブルース」を下地にした「インナーシティ・ママ」という“都会の中のシングル・マザー”を歌っていた印象深い曲もあった。

そして、ユッスーと共演の「セヴン・セカンズ」で再び脚光を浴び、発表したサード・アルバム『MAN』('96年)からは、ジェームス・ブラウンの「イッツ・ア・マンズ・ワールド(男の世界)」を下地にしたソウル・バラード「ウーマン」というヒット曲を生んでいた。

“心の中のエチオピア”をずっと抱き続けてきた、というアフリカ系女性特有の受難の曲に聞こえる。