音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

梅咲けば、桜3 (グレイス・ジョーンズ: Grace Jones) [2/3]

 そうした没後の再評価ブームのおかげで、僕も、遅まきながらピアソラの作品を少しは知るようになったが、正直なところ、彼の楽曲が本当に身体に入ってきたのは、ショー・モデル出身の女優兼歌手グレイス・ジョーンズのアルバム『Nightclubbing(ナイトクラビング)』(1981年)の中で、ピアソラの代表曲中の代表曲「リベルタンゴ(Libertango)」を聴いた時だった。

 自由(リベルト:Libert)とタンゴ(Tango)を組み合わせた造語をタイトルにしたこの曲は、ピアソラの音楽的、そして、政治的な思想、郷愁やパリへの愛着など、全てが凝縮されているかのような名曲。

後年、チェロ奏者のヨーヨー・マが日本のウィスキーのCMで演奏しているシーンが長期に渡って流れ、とても有名なスタンダード曲になった。

 グレイス・ジョーンズ版は、当時のジャマイカのレゲエ・シーンの最高峰リズム・セクションだったスライ・ダンバー(ドラムス)とロビー・シェイクスピア(ベース)のコンビ…通称スライ&ロビーがアルバム全曲でリズムを担い、そこに1981年当時最も尖鋭だったイギリスのミュージシャンが参加するというプログレッシヴなプロデュースのもとに生まれた一曲だ。

ジャマイカのミュージシャンとイギリスのミュージシャンが溶け合って演奏する…現在では別に珍しくはないが、企画が起こった70年代末には、レゲエとブリティッシュ・ロックには明白な壁が存在していて、それを破ろうとしていたのは故ジョン・レノンとローリング・ストーンズぐらいだった。