音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その4 [2/2]

ビギナーズ』の中で、レゲエ界のスター、スマイリー・カルチャーが、得意のトースティング(レゲエにおけるラップをこう呼ぶ)を駆使して、マイルス・デイビスの名曲「ソー・ホワット?」を演じるシーンが出てくるが、後の時代でジャズを知らない人でも名前と顔ぐらいは知っている巨匠マイルスですら、1950年代半ば、ヨーロッパ各国はもちろん、本国アメリカでも、まだHIP(ヒップ)な存在で、アンダーグラウンドな新進スター程度の者だったのだろう。

監督のジュリアン・テンプルもスマイリー・カルチャーも、そんな時代の雰囲気をよく知っていて、1980年代のジャズ&ポップのイギリスでの隆盛とうまく結びつけて、そんな凝った選曲や設定をしている。

原題の『Absolute Beginners(アブソリュート・ビギナーズ)』、つまり“絶対初心者たち”とは、ただ単に1958年頃のロンドンのHIP(ヒップ)な若者が、前世代の冷たい圧迫をうまく避けながら、新しいカルチャーに目覚えていく様子を、ストレートに表現しているに違いない。

 この冷たい前世代の企業家を、なんと戦後の新感覚の代表のようなデヴィッド・ボウイが演じているとは、今考えても驚き以外の何ものでもない。この“絶対的初心者たち”は、世代でいうと1930年代後半の生まれの世代の人たちで、彼らが、ジャズはカッコいい、R&Bはカッコいい、と騒いだり、踊ったり、実際に演奏したりしなかったら、後のロックンロールもパンク・ロックもグラム・ロックも生まれなかっただろうが、その初心者にして先駆者を抑えつける頭の固いオッサンの役をボウイにやらせ、それなのに主題歌を歌わせているとは・・・これが、映画監督を目指し、ロックのヴィデオ・クリップで鍛え上げたジュリアン・テンプル一流の皮肉なユーモアだろうか?

ボウイは、J・テンプル以上に映画に詳しく、歌手として、重要な助演俳優としてだけでなく、『ビギナーズ』の企画者として行動しているのが明らか。このあたりが、彼の非凡なところかもしれない。(次回へ続く)