音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その38

2019.11.18

 2019年の初春後のある夜、NHKのTV『チコちゃんに叱られる』を観ていたら、いつものように5歳女児チコちゃんこと木村祐一(キムニイ)の加工ヴォイスが「日本で一番高い山は富士山!!じゃあ、2番目に高い山は何ああにいー?」とゲストに質問。

ゲスト陣全員、いつものように「ん?」、僕も「ん?」である。

その後、あまり聞いた事がない日本アルプスのはずれの山(失礼。名前忘れた。チコちゃんに叱られるわ)に御来光注ぐ画像が登場…ここでBGMに流れたのがエニグマの「リターン・トゥ・イノセンス」。

この選曲に「ん?」となったのは多分僕くらいだろう。台湾の先住民族アミ族の頭目、郭英男(かくひでお:台湾名はディファング Difang)の雄壮な古き民謡「酒飲む老人の歌」をサンプリングした勇々しきロック・ナンバーで、グレゴリオ聖歌を使ったエレクトロ・ヒーリングのレッテルを貼られていたエニグマとは思えないサウンド…これを初めて聴いた時はびっくり。

そして、これが、チコちゃんの顔と日本で二番目に高いとかいう名山の風景をバックに流れる時のあまりに見事なフィット感に二度びっくりした。

だが、一番びっくりしたのは、この曲が、’96年のアトランタ・オリンピックの公式テーマソングに選ばれた、と聞いた時だった。

ひょっとしたら、エニグマにとって、衝撃のデビュー曲「サッドネス」や「ミア・カルパ」などより有名な曲という状況がこの時生じたのではないか、と思う。

 2001年に、エニグマのグレイテスト・ヒッツを集めた『L.S.D-Love,Sensuality Devotion』が発売された時、日本盤の帯のキャッチにも“大ヒット・シングル、アトランタ五輪公式ソング”なる呼び込みコピーが堂々と印刷されていた。

「リターン・トゥ・イノセンス」の歌詞を引用したヒット集タイトル、しかし、その詞の頭文字を連らねたL.S.Dというタイトルが、五輪の健康さと幻覚剤L.S.Dのトリップ感が交錯した不思議な語感で、戸惑った人も多かっただろう。その時書いた僕のライナー・ノーツを読み返してみると、五輪にもL.S.Dにも、出来るだけ触れないように曲目紹介をしている心理が明らかで、自分で言うのもなんだが、微笑ましい。