音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その36

2019.3.3


                       

                       

                       


                       

                       

                       

 まったく人騒がせな奴、と世界中のほとんどの人が思っていることだろう。奴なのか、奴らなのか、その正体を明かさないまま世界の各地に、思わせぶりな悪戯描きを残していくバンクシーは、とうとう東京の海岸にも現れていた事をニュースにしてしまった。

 ゆりかもめの日の出駅に近い防潮扉に描かれていたのは、傘をさし、ポカンと呆れたような表情で空を見上げているネズミである。

どうやら10年程前から、港湾局の職員さんを始め、近辺の住民たちに目撃されていたようで、目撃者たちは一様に「かわいらしい絵だな」と感じたとコメントしている。

2020年のオリンピックを少しでも盛り上げたい小池百合子・東京都知事も、うら寂しい東京湾岸まで駆けつけてニコッと笑って記念撮影。彼女に因んで、緑のタヌキのオバサンが傘さして誇らしげに聖火を抱いている絵でもあれば完璧だったのに…ネズミのポカンとした顔が、人は好いのに失言続きの五輪担当大臣のあたふたした答弁の時の表情に見えてきた。

この傘ネズミの絵にサウンドトラックを配するなら、マッシヴ・アタックの代表曲「カーマコーマ」しかないな、と思う。

ダディ・Gことグラント・マーシャルの、坦々としたダークなラップのライム(詞)が描いていくのは、カーマ(Karma:業…ごう。もしくは、なりわい・あるいは背負ったモノ)とコーマ(Coma:昏睡(こんすい))の合体語で、この理解に苦しむ深層心理を、ダディ・Gは、ジャマイカとローマ、というキメのライムを4度もくり返して結ぶ。

大陸の大国が古代から獲り競ったカリブ海の島と、大理石と玄武岩で見事に造られた古代人工都市のローマの道とが、どこでどうつながっているのか…マッシヴ・アタックのサウンドとライムは、支配と抵抗、愛と憎しみ、男と女、戦争と安息、といった相反するものを静かに暗く描いていくようだ。

これを初めて聴いた時、破壊的なファンク・ビートのヒップホップも、とうとうここまで来てしまったか、と快感と絶望の両方を感じたものだ。