音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その35

2018.12.30

 2018年も、今、暮れようとしている。次から次へとあまり楽しくもない出来事に襲われて、あまり経験したこともない天候と災害に襲われ、平成の末というより、この地球の末、を感じた年だった。

何事も起こり得るような、何事も起こらないような、重低音のシンセ・ベースがワン・ノート(ひとつの音階)でずっと鳴っているような日々が秋まで続いた。

 そんな重たくて平坦な、季節の節目が失われた日々の中、突如、覚醒のニュースがTVにあらわれ、僕は少なからず目を醒ました。

 10月5日の老舗美術オークションハウス『サザビーズ』で突然起こった事件。グラフィティ・アート/ストリート・アートの人気アーティスト、バンクシー(Banksy)の「風船と少女」という絵が、1億5千万円という高値でせり落とされた直後、額縁に仕込まれていたとおぼしきシュレッダーで細断されてしまったのである。

誰だってびっくりする出来事で、実際知人の多くは、テロだと思った、とそのニュースを目にした時の感想を後に語っている。

しかし、バンクシーの作品や活動を少しは知っている僕の感想は「ここまでやるか…筋金入りだな」であった。

 バンクシーは、正体不明の覆面芸術家であり、その絵は、通りの壁や公共物の置物、道路脇の標識、時には他人の家の壁面などに描かれるグラフィティ・アートである。

その点では、1980年代のニューヨークの場末の街の壁にスプレー・アートが登場した、いわゆるヒップホップ・カルチャーの誕生からの伝統に乗った違法悪戯描きの21世紀版である。

ただ、彼の非凡な所は、イギリス北東部ブリストルという地方都市の壁からそのペインティングをスタートさせた点と、常に、地方都市の衰退や経済破綻、移民を冷遇する政策、二大政党それぞれの主張と対立、それぞれの矛盾などを即座に想起させ、しかも解り易く、デザイン的にもハード・ポップで魅力ある作品(?)だった点だろう。

そして、その作品は、ブリストルの街中に留まらず、ロンドンやニューヨークの街路、更に旧東ドイツのソ連軍が建てた兵舎の路、大英博物館内の廊下、ローマの遺跡に通じる参道など"キャンバスの場"を拡げ、やがてはパレスチナの礼拝堂にまで至り、美術関係者や政治ジャーナリストの注目まで浴びる事になった。

いや、その手法といい、反逆性といい、神出鬼没の旅ガラス性といい、レジスタンスと風刺に徹底した描写といい注目点は豊富にあり、この存在を、ただのジャンキーな悪戯描きと無視できなくなったという方が当たりだろう。