音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その21 [2/2]

 このアルバムは、全曲が他人の曲を取り上げた、つまり、カヴァー・アルバムである。

他人の曲というより、'60年代のイギリスのバンド、それもキンクスやザ・フー(The Who)、プリティ・シングス(Pretty Things)といったロンドンで活躍したB級の上クラスの都会派のバンドの楽曲ばかりがレパートリーだ。

北部地方都市リバプールのビートルズの曲に見向きもせず、都会派で、暴力的で、その後のパンクの原点でもあるモッズ中のモッズ・バンドばかりに執着している所が、いかにもボウイらしく、ボウイの原点を示しているのかもしれない。

ジャケットには、既にグラム・ロック・スターの鮮やかな化粧をしたボウイと並び、東京オリンピック('64年)の頃のロンドンで、か細い身体と独特のメイクでセンセーションを巻き起こしたトリッキーなアイドルTwiggy(ツイッギー:小枝ちゃんの意味)の10年後の姿がある。

 ボウイのマニア的ファンは、僕の知る限り、この『Pin Ups』について多くを語ろうとか書こうとは思っていないように写る。

画期的なジギー・スターダストや、知的で社会学者でもあり美術家でさえあると示すベルリン三部作などについては、皆、あれ程能弁に語り書いているのに…きっと、その人たちは、ボウイを、下世話なアンダーグラウンド・ロックンロールの愛好家にしたくないのであろう。

ボウイの回顧展を観た時にも、このアルバムはほとんど軽視されていて、むしろ避けて通りたいように思われた。

回顧展を観て、一番の印象的な演出がそれだったのが僕のゆがんだ感覚なのだろうか?

 その時、キンクスを初めて教えてくれた高校の同級生、早死した成田を思い出した。

「Kinksって、ヘソ曲がりとかひねくれ者、って意味だぜ。一回聴いてみろ」と言った彼は、来日したTwiggyのショーを観る為に、高校を休んで、わざわざ東京に行ったひねくれ者だった。

そんなヘソ曲がりだが嗅覚がすぐれ、受験勉強が下手くそな友達が、僕には何人もいた。彼らに感謝しながら、十代半ばの彼らの表情を頭の中でピンアップしながら、キンクスのアルバムを棚から引っ張り出した。(次回へ続く)