音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

Fame. その8 [2/2]

 ところで、ナイル・ロジャースには、これまでに2枚のソロ・アルバムがある。1983年に発表された『Adventure In The Land Of The Good Groove(アドヴェンチャー・イン・ザ・ランド・オブ・ザ・グッド・グルーヴ)』、そして、'85年の『B Movie Matinee(ビー・ムーヴィー・マティネー)』。

           

CHICの数々のヒットや、マドンナやデュラン・デュラン、更にボウイの超話題作に比べると、全くと言っていい程無名の作品である

前回のこのFame.7の中で、当時ナイルの専門家として認識されていた、と厚かましく書いた僕だが、このナイルの2作のソロ・アルバムの日本版ライナー・ノーツも書いているが、音楽業界の中だけでも、ほとんど読まれていない、というより、肝心のナイルのレコードも、ほとんど聴かれていない、との感触と記憶をこの30年余りずっと持っている。

商業的には失敗作であり、ナイルが、ヒット曲を生み出すトップ・プロデューサーの絶頂期にあったから、ナイルからのソロ作品制作の申し出を、レコード会社が渋々呑んだ、と解釈され、そんなマイナス・イメージが、余計に売れ行き不振につながったのだろう。

アドヴェンチャー・イン・ザ・ランド・オブ・ザ・グッド・グルーヴ』の方は、初めてのソロ作品で少し気負いがあるものの、当時一番流行しているグルーヴ(ビートの乗り)の創作者、という姿が出ていて、そういう意味では、常識的な作品。

だが、『ビー・ムーヴィー・マティネー』の方は、とてもユニークな作品で、デヴィッド・ボウイという才人が亡くなった現在、とても興味深い作品である。

 『B Movie Matinee』というタイトルを直訳すると”B級映画の昼興行”という意味になるが、そのままの内容で、観客の多い夜には決して映写しないB級映画を熱心に観ている少年時代のナイルの姿がくっきりと浮かんでくる。

ボウイも、同じように、小さな場末の映画館で、昼間の安い料金で、B級映画を盛んに観た経験を持つ人だ。

'83年という年度を考えると、あのA級大ヒット・アルバム『レッツ・ダンス』と同時期で、きっとふたりは、そんな経験を、スタジオでさんざ話していたのだろう。

僕も、故郷の町の大勝館や永楽館といった映画館で、早々と学校を抜け出し、三本だてのB級映画をいっぱい観る少年だった。

ボウイやナイルだけでなく、そんな自分のサウンドトラックとして聴くと、『ビー・ムーヴィー・マティネー』は、とても浸み入る印象深いソロ・アルバムだ。

だが、ボウイのファンはもちろん、ナイルのファンでも、覚えている人は少ない。(次回へ続く)