音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

灰色ネズミの見果てぬ夢3:Danger Mouse & Norah Jones (デンジャー・マウス&ノラ・ジョーンズ) [2/3]

 『ローマ』に、ゲスト・シンガーならぬスターリング・シンガーとして参加したノラ・ジョーンズが、再びというか続けてというか、デンジャー・マウスと組んで自身の新しいアルバムを制作する、というニュースを聞いた時、正直、どんなアルバム内容になるのか、果たして、ノラとマウスの相性がそこまで良いのか悪いのか、全く見当がつかなかった。

 先ず、ノラ・ジョーンズのそのニュー・アルバム『....Little Broken Hearts(リトル・ブロークン・ハーツ)』のジャケット・デザインを見た時、あっ、これまた古いヴィンテージ映画からのインスピレーションだ、と思った。

後で知った事だが、ロスアンジェルスに在るデンジャー・マウスのスタジオで、二人で、主にギターを弾きながら曲作りを始めた頃、スタジオに貼ってある古い映画のポスターのいくつかに目がとまり、その内の一枚に強い印象を植えつけられ、自分で演じて再現したアート・ワークだという。

 デンジャー・マウスは、'60年代や'70年代に、一風変わったヴァイオレンスB級映画を沢山創った映画監督ラス・メイヤーの作品ポスターをコレクションしているそうで、その中で、『Mudhoney(マッドハニー:欲情)』(1965年)のポスターのアート・ワークに魅かれて、ノラは、その再現に励んでジャケットを作り上げたそうだ。

 『リトル・ブロークン・ハーツ』は、ノラ自身が実際に遭遇したある男との恋と失恋を赤裸々に描いた失恋劇のようなアルバムである。

コンピューターとポップな歌詞で、スピーディーに、まるでファスト・フードのように音楽を量産してしまう現在のエンターテインメント業界の中で、自身の失恋を音楽化する為に、ロスアンジェルスにわざわざ家を借り、スタジオに通い、いくら気が合うからといってプロデューサーと二人で楽器を弾きながら作曲し、レコーディングを進め、壁に貼られたオールド・シネマのポスターを毎日眺めたあげく“そのようなもの”なアート・ワークまで作る…

今時、馬鹿なレコードの作り方であり、夢のような懐古趣味と言われそうな方法だが...『リトル・ブロークン・ハーツ』の中の曲は、どれも手作り感と深くて恐い程の心理描写があっさりと披露されていて、久々に野生の野菜や果実を食べたような忘れかけていたショックを覚える。