音楽評論家 大伴良則の音楽のまんよう

1969.夏.冬2 :The Road To Woodstock (ウッドストックへの道) [3/3]

12月になると、彼は、少し早く大阪に引っ越し、新入社員早乗りアルバイトとして新聞社に出社するという。


突然、目の前から、親友が消え、それにまだ慣れぬ暮近く電話があり、「ローリング・ストーンズのフリー・コンサートで、人が殺されたんだってね」、
しばらく間を置いて  「君は、これからもロング・ヘアーだろうから… まあ、元気で… ジーンズはすり切れるだろうけど、髪の毛は大切にしてね」と訳の解らない事を言って、それから1980年代末まで、彼に会う事も、電話で話す事も、ほとんど無くなってしまった。

松任谷由実が作った「いちご白書をもう一度」のような状況なのかもしれないが、世の中に出る事、青春が終わる事、髪がリクルート・カットになる事等が、あの曲程情感深くもなく、僕には、ただ呆気ない60年代の終わりの数ヶ月だった。


そして、僕は、彼の予見通り、当時より短く薄くなったものの髪は長く、すり切れるはずだったジーンズをいまだ愛用し「60年代のデニムは凄く丈夫だぜ」と80年代や90年代生まれの人に話し、

ローリング・ストーンズ1969年12月の、いわゆるオルタモントの悲劇には冷静でいられず、あのフリー・コンサート会場が決定するまでのスリルに満ちたドタバタ劇をドキュメンタリー映画にした『ギミー・シェルター』も、これだけのローリング・ストーンズ・ファンなのに、まだ2度しか観ていない。

あれは、何かの象徴?

なんて事はない… 1969年冬の象徴

…でも、僕の答は、まだ、出ていない。